うつの引き金は高校入学で新しいクラスで小さな揉め事があり、
クラスに足を運べなくなった私は相談室通いで三年間過ごしました。もともと心療内科に行くということが頭の片隅にも無かった私に
バイト先の先輩が辛そうだからと心療内科を紹介してくれました。心療内科でうつと診断され薬の処方もありました。
初めは薬の副作用に慣れることができず、
学校も休みがちになり学校でもずっと伏せっていました。うつになるとお先真っ暗で、ずっとこのままなのかも、
辛い、辛いと自ら命を断とうとすることもありました。目を覚ますと部屋の中に居て横には大量の吐いた薬…が何度もありました。
そこでカウンセリングに入ることになり私の全てを話しました。そして、何か身の回りでトラブルがあると話していました。
治療でわかったことは、AC(アダルトチルドレン)でうつの発端はそこにあり、
更にADHDであることです。ADHDの二次障害でうつになっている…らしいのです。
受け止めきれない現実でしたが、カウンセラーの先生が全力で支えてくれました。通院中は抱えきれない問題が2,3あり、
それをカウンセラーに話して解決策を相談して解決に向けて行動する。
の繰り返しでした。高校を卒業し、専門学校へ進学。
好きなことに没頭すればうつも治るかもと思っての行動でしたが、
やはりそんな簡単に目に見えて良くなると言うことはなく専門学校も休みがちでした。そんな自分が情けなく思いました。
その頃の治療も抗鬱薬の他に頭痛があれば頭痛薬、
胃が痛ければ胃薬と全部で一回12錠あり飲むのも大変でした。その時出会った今の夫が私と真逆の性格で
私には無い物をたくさん持っていました。弱くなっていた私には夫がとても強くたくましく見えました。
私は夫といることで、考えなくて良いことを取り除くことができたり、
心に余裕ができました。夫の母もうつで何十年も通院していました。
私はまだ治療しているにも関わらず、
私を夫が救ってくれたから私も何か力になりたいと私が通っている先生を紹介しました。私もその日は診察日だったのですが、
いつもはこんなトラブルがあったあんなトラブルがあったと話すのですが、
その日初めてトラブルがなく沈黙が続きました。すると先生がもうあなたには私は必要ないからと診察を終わりました。
でも…と話そうとする私に、
あなたには問題を自分で解決する力がついたからもう大丈夫!
これからは自分の力で生きていくの!
と強く突っぱねられてしまいました。急なお別れの寂しさと1人残されてしまったと言う恐怖感が残り泣いてしまった私。
待合室で温かく迎えてくれる夫をみて、夫が私を変えてくれた私は1人じゃないと実感しました。私はうつになったことで、神経質な人の気持ち、落ち込んでしまった時の気持ち、
命を断ちたくなる気持ちが痛いほどわかるので誰かが相談してきたら
自分のことのように一緒に悩み解決策を考えることができます。あなたは人の痛みがわかる人ね。と言われたことがあります。
その時うつを乗り越えて良かったと思いました。また、一度治療したことで今考え込んでしまいそう、
何もやる気がしなくて気分が落ち込み気味…となった時に対応できてることが、
再発防止に繋がって自己解決できていることが自信にも繋がっていると実感しています。そして、夫は私を責めることなくずっと見守ってくれたことで、
通院終了への道が開けたと思います。これから、夫に何かあれば私が全力で支えようと思います。
※本記事は個人のうつ病体験談です。体験内容はあくまで個人の体験であり、医療アドバイスではありません。専門的なアドバイスを希望する場合は医師へ相談を。
※This article is a personal depression story. The content is solely based on personal experience and is not medical advice. Consult a doctor for professional advice.
