私は今から15年ほど前子供の事が主たる原因でうつ病になりました。
精神的な障害を持って生まれた子供が成長するにつれ
家庭内暴力が始まり学校へは勿論行きませんし、
弟・妹の他の二人の受験勉強を邪魔はするは、やりたい放題になりました。お金はどこからか見つけ出し欲しいものはどんな高いものでも買いました。
また、金銭感覚がないものですからそれに目をつけられた
近所の悪大学生(当時)に貢がせられて4本で20万円もするタイヤを買わせられたり、
息子は運転免許を持っていましたので車を買わせられ、息子は事故を何回も起こしました。私は一度自殺しようとしましたが失敗しました。
そこで当時まだ生きていた私の父親が私を精神病院へ入院させました。私も当時は荒れていて精神病院へ行っても机を倒したり椅子を蹴飛ばしたりしていました。
うつ病と言うものは苦しいものです。死んだ方がよほど楽です。
私は鍵のついた10人くらいが1部屋の病室に入れられました。そこでは掃除は自分達の仕事、食事の用意も調理以外は自分達の仕事で、
私は入院してしばらくは食事をするとすぐ下痢をしてしまいました。白米ではなく玄米食だったのです。
2カ月入院していましたが
その間家内工業の仕事は家内が一生懸命頑張ってくれました。苦しいのは自分も一緒なのにです。
家内には頭が上がりません。
次男や娘にも迷惑をかけました。別に完治したわけではありませんが
当時は今のようにうつ病の薬があったわけではなく、
治療などと言うものはありませんでした。そこで私は主治医にここにいつまでいても同じだから
通院に変えてくださいとお願いしました。主治医は院長他のカンファレンスにかけるから少し待てと言いました。
1週間後退院が決まって自宅に帰りました。家内を除いて家族の雰囲気が冷たいのです。母も父も子供全員もです。
私は反省しました。強い親ではなかったために家族に大変な苦しみを与えてしまった。
本来子供を守るべき親が子供を苦しませてしまったのです。更に年老いた親をも苦しめてしまいました。
その後も家族の関係はぎくしゃくしたところがありますが、
皆私が悪いのです。うつ病は今は神経症レベルまで下がっていますが、
子供の将来を考えると心配なことだらけです。再発しない事を願っています。
うつ病者の合言葉は「頑張らない」です。
※本記事は個人のうつ病体験談です。体験内容はあくまで個人の体験であり、医療アドバイスではありません。専門的なアドバイスを希望する場合は医師へ相談を。
※This article is a personal depression story. The content is solely based on personal experience and is not medical advice. Consult a doctor for professional advice.
